今日から始める護身術2【筋トレのススメ】

いつも心に一本のニンジンを。どうもサイコ田中です。

本日はシリーズ「今日から始める護身術」の第二回、【筋トレのススメ】をお送りします。

誰でも簡単にできて護身に役立つ筋トレをいくつか紹介しますので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

 

護身術と筋トレ

お察しの通り、体を鍛えることと身を守ることには、密接な関係があります。

ですがただ単に体を大きくすればいい、というわけではありません。

(ボディビルを否定する意図は一切ありません。男性なら誰でも、かっこいい体に憧れますよね)

 

体を大きく見せるということ

いきなりですが、海外のボディーガードと言われると、皆さんはどのような姿を思い浮かべますか?

筋骨隆々、スーツの背中と肩周りがパンパンに張った、大きな黒人男性を想像されるのではないでしょうか。

バーやクラブのセキュリティも、体の大きな男性が圧倒的多数を占めると思います。これには、ちゃんと理由があるのです。

 

大きな体は、それ自体がある種の抑止力になります。

もっと簡単に言えば、それ自体が相手に対する威嚇になるということです。

 

動物は縄張り争いなどの際に、後ろ足で立ったりして、体を大きく見せようとしますよね。

こんな感じで。

 

これは相手を威嚇しているわけですが、

「威嚇」というところに大きな意味があるのです。

実際に相手を攻撃するのではなく、「これ以上近づいたら、ただじゃ済まないよ」とアピールしているわけですが、

これは、互いが傷つかないために、とても重要なことです。

動物の場合、同種間で縄張りや食料をめぐる争いをする際、その度にどちらか片方が命を落としていたら、種の保存という観点においてあまりに非効率的です。

なるべく不毛な争いを避け、争っても互いが致命的なダメージを負わないために、目いっぱい相手を威嚇して、無意味な争いを回避したいのです。

これは人間同士の争いにも当てはまります。

あなたの身長が仮に170センチ代だとして、もしも相手が2メートル近い筋肉質な外国人だったら、あなたはどうしますか?

やむをえない場合を除けば、恐らくどんな手を使ってでも、争いを回避しようとするのではないでしょうか。

体のサイズは、それだけで相手の闘争本能に働きかけ、暴力の行使を抑える効果があるのです。

だから海外のボディーガードは、みんなデカいわけです。(あちらは銃社会ですから、単に「弾除け」という考え方もあります)

いずれにしても、人も動物も、みんな平和が一番ですね。

 

 

体の大きさと「強さ」の関係

スポーツをやっている人は実感することが多いと思いますが、基本的に体は大きければ大きいほど有利です。(卓球などは関係無さそうですが)

特に格闘技などの場合は、明確に体重別で階級が分けられていることからも明らかなように、

体の大きさがものをいう部分があることは事実です。

 

例として、ここに二人の男性がいるとします。

Aさんは身長165cm、体重59キロ。

Bさんは身長176cm、体重68キロ。

Aさん、Bさんともに格闘技の経験年数と段位などは全て同じだとして、

この二人が闘った場合、どちらが勝つでしょうか?

恐らく10回やって8から9回は、体の大きいBさんがものにするのではないでしょうか。

両者の経験とテクニックに差が無い場合、体の大きいほうが勝つ可能性が高いと言えます。

理由はいくつかあります。

 

まずはっきりしているのが身長差。

私の今日までの経験上、10センチ以上離れてしまうと、体感的に大人と子供くらいの差になります。

体重では5キロも差がつくと全く別のゲームになり、10キロではクリア不可能な無理ゲーと化します。

さらに身長はリーチ、すなわち手足の長さというファクターにも直結します。基本的に背が高いとリーチが長い傾向にあり、

これは立った状態で殴りあうとき、どちらの攻撃が先に届くか、という目安になりますが、当然長いほうが有利です。

 

さらに体重差は、全身の筋肉量の差でもあるため、

単純に重いほうが強いと言っても過言ではなく、生まれつき体の小さい人にとっては、埋めることのできない差でもあります。

 

このように、体が大きければ、少なくとも自分より小さい相手と向き合う場合においては、

圧倒的に有利なことのほうが多く、デメリットというものがありません。

いざというときのことを考えれば、普段からある程度体を鍛えて大きくしておくことが望ましいでしょう。

 

絶対の原則「筋力こそパワー」

 

筋力とは絶対的なものです。

同じ攻撃でも、筋力に差があれば、与えるダメージにも差がつきます。

当たり前の話ですが、

小さな子供の投げるボールと、体が出来上がったプロ野球選手のボールは、全く違いますよね。

ベースとなる技の錬度、精度はもちろん技術体系が全く同じでも、使い手のフィジカルな部分に差があるなら、

技の効果にも差が生まれます。

更に踏み込んだ話をすれば、基本的に、

筋肉の太さ=パワーです。

 

棒切れのような細く頼りない腕と、血管がはち切れんばかりの太い腕となら、

どちらで殴られたほうが痛いと思いますか? 答えは明白ですよね。

筋トレで筋肉を太く、大きくすることは、それ自体がパワーの獲得に繋がります。

 


護身に役立つ筋トレ

それでは誰でも簡単に始められて、なおかつ護身に役立つトレーニングを紹介したいと思います。

ダンベルや懸垂バーといった道具、設備の類は一切不要です。

軽く準備運動をして体を温めたら、早速始めましょう!

 

***各自の体調、基礎体力などに合わせて、無理の無い範囲で行ってください***

 

腕立て伏せ(Push-up)

腕立て伏せによって鍛えられる大胸筋、上腕三頭筋は、

・相手を押し返す(抵抗する)

・相手を押さえつける

・パンチなどの打撃技を繰り出す

といったシチュエーションにおいて効果を発揮します。

 

・基本的な腕立て(Regular Push-up)のやり方

1.四つんばいの体勢になる

2.両手を肩幅より少し広げて床につく

3.両脚を伸ばし、手と足でしっかりバランスが保てることを確かめる

4.ゆっくり息を吸いながら、胸を床に近づける

(このとき、左右の肘が外に開きすぎないよう気をつける)

5.床のギリギリまで下りたら、息を吐きながら元の体勢に戻る

 

腕立伏せのポイントは、背中を反ったり丸めたりしないことです。

しっかり腹筋を意識して、お尻に軽く力が入った姿勢が理想です。

顔は床を見るのではなく前方を見据えて、胸を限界まで床に近づけましょう。

フォームが崩れないよう、ゆっくりと行うことが一番重要です。

 

最初は10回3セットからスタート。

慣れてきたら12回3セット、合計36回を目指しましょう。

セット間のインターバルは30秒以下が理想です。

 

スクワット(Squat)

スクワットで下半身を鍛えることにより、

・簡単に倒されない足腰の強さ

・打撃技を繰り出す際のしっかりとした土台

・フットワーク技術の向上

などが得られます。

 

・基本的なスクワット(Normal Squat)のやり方

1.足を肩幅より少し広げて立つ

2.背中を丸めないよう気をつけながら、ゆっくりと腰を落とす

3.膝が足のつま先より前に出ないよう注意して、お尻を床に近づける

4.お尻がかかとに触れるぐらいまで下ろしたら、息を吐きながら立ち上がる

 

ポイントは、背中を丸めないこと。腰を痛める原因になります。

上体は真っ直ぐに保ち、お尻を後ろに突き出すのではなく、真下に下ろしていくイメージで行いましょう。

また、曲げた膝の向きが、足のつま先と同じ方向になるよう気をつけましょう。

 

20回2セットから始めて、25回2セット、合計50回を目安に行ってください。

セット間のインターバルは30秒以下が理想です。

 

プランク(Plank)

プランクで鍛えられるのは主に体幹部の筋肉であり、

・バランスを崩した(崩された)とき

・相手と組み合ったとき(つかみ合いの状態)

・蹴り技を繰り出すとき

などに効果を発揮します。

 

・プランク(Plank)のやり方

1.四つんばいの体勢になる

2.両肘を肩幅に広げて床に着く

3.脚を伸ばし、背中が反ったり丸まったりしないよう気をつけてバランスを取る

4.お尻と腹筋に力を入れて、顔はやや上を向く

 

プランクの大事なところは、正しい姿勢を保つことです。

疲れてくるとお尻が下がったり、お尻を持ち上げたりしてしまいがちですが、

常に体は真っ直ぐの状態をキープできるよう心がけましょう。頭を上下に動かさないことも重要です。

 

とりあえず15秒キープして、余裕があれば30秒、そこからどんどん時間を延ばして、

最終的には1分間続けられるようになりましょう。

この種目は30秒ならば2セットで合計1分、

1分間キープできれば、その時点で終了してかまいません。

 

 

 

各々の基礎体力などにもよりますが、今回紹介した3つの種目は全体を通して10分から15分という短い時間で収まる内容となっています。

運動経験のある方もそうでない方も、健康維持とダイエットも兼ねて、ぜひ一度取り組んでみてください。

毎日行えることが理想ですが、週3回、4回からでも全く問題ありません。

引き締まった体と身を守るための力、両方手に入れましょう。


筋トレで強く、自分らしく

ここまで筋トレと護身の関係、そして具体的なトレーニング法について語ってきましたが、

実は、筋トレで身体を大きくしたり、強くしたりすることが重要なのではありません。

一番大切なことは、筋トレを続けることで、自分に自信が持てるようになるということです。

何かに怯えるようにして背中を丸めて歩いていると、悪意を持った攻撃者のターゲットにもなりやすいですし、

何より印象が良くありません。本来あなたが持っている魅力が、それだけで半減しているかもしれません。

あなたが堂々と胸を張り、何事にも自信を持って揺るぎない姿勢で接していれば、自然といい仲間が集まり、

いざというときに心強い味方となってくれるでしょう。それは護身という観点で見たときにも、大いに意義のあることです。

 

闇雲に身体を大きくしようとしたり、負荷の高いトレーニングを行う必要はありません。

何より重要なことは、筋トレを継続することで、身体が変わり、心が変わることです。

・強くなりたい

・前向きになりたい

・自分を変えたい

目的は色々あるかもしれませんが、間違いなく筋トレはそれらを実現する第一歩になります。

出来る範囲で構いません。「これなら出来そう」という種目からスタートしましょう。

そして自分に自信を持って、自分らしく生きましょう。

どうか忘れずにいてください。

あなたの人生はいつだって100%、あなたのものです。

 

 

 

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今日から始める護身術1【今すぐできる護身】

いつも心に一本の釘バットを。サイコ田中です。

何かと物騒なこの世の中、お茶の間を騒然とさせるような凶悪事件も、もはや他人事とは言えません。

当ブログでは、性別年齢、社会的地位などには関係なく、

全ての人が安心して100%自分の人生に集中できるために、

今日から誰でも始められる、簡単で効果的な護身術を紹介していこうと思っています。

題して、「今日から始める護身術」(そのまんまですね)です!

本日は、その第一回、【今すぐできる護身】をお送りします。

 


いきなりですが、一番簡単な護身術を紹介します。

それは、家から出ないことです。

簡単ですよね?

 

馬鹿にしているのではありません。

私が考える護身の本質は「何も起こらないこと」です。相手も自分も、何事も無かったかのように別れて、家に帰れるということ。

突き詰めていくと、

対人接触が0あるいはほぼ皆無の生活に、護身術は必要なく、それ自体が究極の護身を構成している

とも言えるでしょう。

 

考えてもみてください。

家から一歩も出なければ、危険な思想を持った人間と出会うこともありませんし、

実際に暴力を振るってくるような対象とも接触しません。また交通事故などに遭うリスクもほぼゼロです。

 

極端な考え方かもしれませんが、

護身、すなわち自分の身を守るということは、

相手からナイフを取り上げたり、つかまれた状態から抜け出すことではなく、

攻撃される可能性を極限まで小さくするということです。

 

ですからまさに今、学校や職場でいじめに遭い、心身に深い傷を負っているような人や、

明らかな敵意を持った相手がすぐ近くにいるという人は、

全然かっこ悪いこと、惨めなことではありません。

すぐにそこから逃げてください。

そして出たくなければ、自分の部屋から出る必要もありません。

それが自分の身を守る第一歩です。

面白半分であなたを傷つけてくるような訳のわからない連中に、

人生を台無しにされたまま時間だけが過ぎるなんて、馬鹿馬鹿しいし、もったいない事です。

 

大切なことですからもう一度お伝えします。

理不尽な言葉、あるいは物理的暴力を受けて苦しんでいる方、

目に見えない悪意や敵意を向けられながら生活を続けている方は、

今すぐそこを離れてください。

 

警察や児童相談所は、きちんと事情を説明すれば然るべき対応を取ってくれます。

ですからまずはそこから逃げて、身近な信頼できる人に話をしましょう。

話せる範囲でいいのです。それが難しいなら紙に書いたっていいのです。今ならLINEなど手軽なコミュニケーションツールもあります。

使えるものは全部使って、自分の身を守ることを最優先に考えてください。


 

厚生労働省の各種相談窓口へのリンクを下に貼り付けておきます。ぜひ活用してください。

 

厚生労働省 電話相談窓口

 

厚生労働省 SNS相談窓口(電話はしたくないという方はこちら)

 

 

繰り返しになりますが、

あなたの人生は一度きり、命はひとつだけです。

それは誰にも邪魔をしたり脅かす権利など無い、かけがえの無いものです。

 

もしもあなたが今、不安と苦痛の中で生きているのなら、

迷わずそこから逃げてください。

そしてあなたの近くに苦しんでいる人がいるなら、

逃げられる手助けをしてあげてください。

 

それが一番簡単で間違いの無い、身を守るための手段です。

あなたとあなたの大切な人を守るために、今すぐできる護身です。

どうか、「逃げるのはみっともない」とか「どこにも逃げ場なんて無い」なんて思わないでください。

あなたが本気で自分らしく生きたいと思ったとき、必ずそこに道はあります。

 

この記事がきっかけで一人でも多くの方が救われることを願っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

私と護身術

いつも心に一丁のマグナムを。こんにちは、サイコ田中です。

今日は自己紹介も兼ねて、「私と護身術」というテーマで語りたいと思います。

 

護身術との出会い

私は小学2年生の頃から卒業まで約五年間、フルコンタクト空手を習っていました。

スポーツも苦手で、格闘技には全然興味が無かったのですが、家の近所に指導員の方が住んでおられたことや、

両親の勧め(というよりは「やりなさい」という強制)もあって、だらだらと週三回の練習に通っていました。

 

五年もやっていたのに、ちゃんと昇級試験を受けなかったので四級(緑帯)止まりで、試合にも一度しか出たことがありませんでしたが、

同年代の子供より比較的体格が良かったため、組み手も喧嘩も負け知らずという感じでした。

 

中学に上がってからは肩を壊すまでソフトテニスに打ち込み、

テニスができなくなった後は何故か勉強にのめり込んだりして(志望校が難関校だったため)、次第に格闘技から離れていきましたが、

「のび太くん」みたいな見た目だったためよく不良に絡まれ、殴り合いの喧嘩をしていました。まだ空手を覚えていたこともあり、相手が二人くらいまでなら何も問題ありませんでした。

 

私が護身術と出会ったのは、格闘技のことなど完全に忘れてしまった、高校1年の秋でした。

正確に言うと、護身術に出会った、のではなく、護身術の必要性に目覚めた瞬間でした。

それまで私が経験してきた喧嘩は、文字通り「子供のけんか」だと思い知ったのです。

高校に上がって私は人生で初めて、刃物を手にした相手と対峙しました。

 

”格闘技”の限界

その日のことは今でも鮮明に覚えています。冷たい雨の日でした。私は不用意な発言で気性の荒い同級生の一人を怒らせ、一触即発の空気になりました。

中学まで喧嘩で負けたことの無かった私は、いつもそうしてきたように、右足を半歩後ろに下げて、軽くこぶしを握り、空手の構えを取りました。

相手の身長は自分と同じくらいでしたが、ガリガリに痩せていたので、突き(パンチ)一発で終わるだろうなどと甘い見通しでいると、

そのガリガリの不良は、おもむろに筆箱を開けて、カッターナイフを取り出したのです。

 

たかが、カッターです。しかし、その冷たい光を放つ刃先を目にしたとき、私は自分がいかに無力なのかを思い知りました。

体が動かなかったのです。

まったく冗談のように、身動きが取れなくなりました。

頭の中は真っ白になっていたと思います。

 

結局その場はガリガリの不良を柔道部員が二人がかりで羽交い絞めにしてくれたことで事なきを得ましたが、

それが学校の外の、誰も来ない路地裏の一角であったならば、私は半殺しにされていたでしょう。

 

それから私は、まだ混乱したままの頭で、自分の身に起きたことについて必死に考えました。

なぜ、自分は凍りついたように動けなくなってしまったのか。なぜ、何もできなかったのか。なぜ……

 

そうして思考を巡らせるうち、私はある決定的な事実を導き出したのです。それは、

あくまでも空手はルールの上で成り立つ”格闘技”でしかない、ということでした。

 

セルフディフェンス・サイコ

なぜ刃物を持った相手に対し何もできなかったのか。理由は明白でした。

刃物を持った相手を想定した訓練の経験が、全く無いからでした。

 

私が習っていた空手はあくまで、ルールが定められた試合で勝つことを最優先にした練習メニューで成り立っていて、

およそ実戦的とは言えませんでした。

一心不乱にミットを叩き、グローブとシンガードをつけた手足で互いの体を叩き合って、一体何になるというのでしょうか。

一本のナイフの前では、格闘技は残酷なまでに無力です。

もちろん極めればどんな格闘技でも強力な武器になるでしょう。ですがそれはあくまでも互いの安全をルールで保障され、審判という第三者に見守られた競技の場においてのみ言えることです。

ルールなど無い場末の路上で、空手の段位が、ボクシングの試合経験が、柔道の受身が、一体どう役に立つのでしょうか。

黙って銃口を向けられたら、それで終わりです。

 

それから私は「現実の闘い」に勝つということを必死に追求しました。すなわち「実戦」を想定した考え方です。

空手部の友人とラバーナイフでナイフディフェンスの真似事を繰り返し、試行錯誤の末に我流のDisarm(武装解除)を身に付けました。

友人らがそれらの戯れに飽きてしまって、もう誰もナイフディフェンスになど興味を示さなくなった後も、

私は一心不乱にラバーナイフを振り続けました。

その姿を見ていた友人の一人が私に言いました。

「やっぱりお前はサイコだよ、田中」

 

真の「護身」を求めて

私は今でも自問自答を繰り返しています。それは、

「護身」を言い訳にして「暴力」を正当化しているのではないか、ということです。

 

残念ながら、はっきり「違う」とは言い切れないところがあります。

私の理想とする護身の究極的なゴールは「何も起こらないこと」ですが、

それがどうしても難しい場合は、実力行使に頼らざるを得ないのが現実だからです。

 

今の私が高校1年の、あの雨の日に戻ったとしても、結局相手が持っているカッターは怖いままで、

目の前の現実はただひとつの真理へと導かれます。それは、

やらなければやられる、ということです。

 

今の私であれば、正直な話、カッターをぎこちない手つきで構えたガリガリの高校生などは、あっさり制圧できるでしょう。

しかしそれが単なる暴力ではない、護身なのだとは言い切れない部分があるのは事実です。

たとえ自分の身を守るためであっても、暴力を正当化することには違いありません。

殴られるほうも痛いし、殴るほうも痛いのです。

だから私は「何も起こらない」のがベストで、理想だと考え続けています。

 

向こうもこちらに危害を加えない。だからこちらも何もしない。

つまらない綺麗事のようですが、これが一番だと思うのです。

そしてこの理想が正しいと証明できる日が来るまで、私は私の「護身」を追い求め続けたいと考えています。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

現代における護身術

いつも心に一本のナイフを。

こんにちは。サイコ田中と申します。

本日は私が10代の頃より取り組んでいる護身術について語りたいと思います。


現代人に「護身」は必要か

 

皆さんは、護身術と聞いてどんなものを想像しますか?

・襲ってきた不審者を最低限の動きで撃退

・暴れている酔っ払いをなるべく静かに制圧

・相手が手にしている凶器を奪う…etc

色々あるとは思いますが、私の経験上これらはあくまで、最終手段だと考えています。

 

私にとって、護身(Self-Defense)の究極的なゴールは、何も起こらないことです。

普通に朝起きて、通勤電車に乗り、帰ってきて寝るという一連の流れを、

「それが当たり前であるかのように」淡々とこなすことです。

 

すべての人々が、そうした平穏で安全な日常を送れることが一番理想的なのですが、

世界的に見ても治安がいいと言われている日本においてさえ、それは容易ではありません。

 

「考えすぎ」「ただの心配性」「中二病こじらせてんの?」という方は、一度想像してみてください。

・乗っている電車で突然乗客が刃物を振り回す

・薬物あるいはアルコールにより酩酊状態の相手に理由もなく襲われる

・痴漢、性的暴行の被害に遭う

挙げだすときりがありませんが、果たしてこれらは、本当に他人事でしょうか?

答えはNOです。

 

上に列挙したような危険なケース、傷害事件の類は、現在日本という国において、

いつでも、どこでも、誰にでも遭遇する可能性があるのです。

その可能性が、限りなくゼロに近いので、無視できるか、

多くの人がそのリスクを、無かったことにして生活しているだけです。

いったい誰が、「私は絶対に大丈夫」などと言えるのでしょうか。

少子高齢化が加速し、犯罪件数が減少しつつあるとはいえ、

情報化が進んだことにより人々の生活はより複雑化、多様化しています。

SNSの普及により、危険な思想を持つ人間が「見えない形で」集団を作りやすくなりました。(いわゆる「半グレ」などがいい例だと思われます)

学業や仕事がうまくいかず、悩みを抱えた若者が突如凶行に走るといったケースもあとを絶ちません。

この社会において安全な場所などどこにも無い、といっても過言ではないでしょう。

それでは一体、どうすればいいのでしょうか。

 

護身の基本「危険予知と回避」

 

護身術の基本は、とにかく危険の予知と回避です。

たとえば車や自転車を運転する際、

・学校や公園の近くでは、子供が飛び出してくる

・高齢者の運転する自転車がバランスを崩し、車道側に大きくはみ出す

・いわゆる「歩きスマホ」の若者が、信号を無視して横断歩道を渡る

こうした状況をいつも想定している人は、ほとんど事故を起こすことは無いでしょう。

逆にこうしたリスクを念頭に置いて運転しない人は、無意識のうちに危険な状況をつくり、周囲を不安にさせているかもしれません。

普段の生活でも同じように、危険な目に遭うか遭わないか、その決定的な差は、

場面ごとに想定されるリスクパターンを、きちんと把握しているかどうかという点です。

要するに、「こうなるとヤバイ」というイメージを持っていることです。

 

日常生活におけるリスクと対策

「こうなるとヤバイ」というイメージと書きましたが、具体的にどんなものがあるのか説明します。

まず、あなたが街灯の少ない暗い夜道を歩くとして、どんなことに注意しますか?

・不審な人物と遭遇したとき逃げられる道はあるか

・防犯グッズの類は持ち歩いているか

・何かあったとき助けを求められる人家や施設が周囲にあるか

色々ポイントはあると思います。皆さんはどんなことを考えましたか?

 

引っ掛け問題のようになってしまうのですが、

実は、「街灯の少ない暗い夜道を歩く」という状況がすでに危険なのです。

そのような状況においては、危険人物や犯罪者に襲われても文句は言えません。

車の運転に例えるなら、暗く見通しの悪い道路を、ヘッドライトもつけずに走行しているようなものですから、

事故を起こしてしまっても不思議ではありませんし、それは完全にあなたの自己責任ということになります。

 

車に乗っているとき、暗くなったらなるべく早くヘッドライトを点けるように、

日常生活においても、リスクを減らすための努力と工夫は必要です。

 

・帰宅時間が遅くなった 

→ なるべく明るい、交通量の多い通りを選んで歩く(遠回りになったとしても)

・駅やコンビニの周囲に若者の集団 

→ なるべく近寄らない。自然に振舞い、相手を刺激しない

・電車で性質の悪い酔っ払いと遭遇 

→ 目を合わせない。近づかない。とにかく自然体でいる

・体の大きな外国人が道を塞いでいる

→ 別の道を探す

・不審な人物に声をかけられた 

→ 素早く立ち去るか、手近な飲食店などに入る

 

シンプルですが、これらは全て危険回避への第一歩と考えられる行動です。

一番大切なことは、なんとなくいやな感じがしたら、そこから離れるということです。

それだけで、危険な状況に遭遇する確率は格段に下がります。

 

より高度な危険予知

私は学生時代、電車で通学していましたが、いつも気をつけていることがありました。

それは、ドアの近くか、非常停止ボタンのそばに立つということでした。

ドアの近くにいれば、何かあったときはすぐに降車できますし、

「ヤバイ奴」に遭遇してしまったとき、一旦降りて、別の車両に移動することも容易にできます。

また非常停止ボタンが近くにあれば、自分が乗っている車両はもちろん、別の車両で異変があったときもすぐに対処できますし、

車内で事件が起きた場合は、容疑者の逃亡を阻止する効果もあります。

 

幸いにも今日まで非常停止ボタンを押さなければいけないような状況には遭遇していませんが、

その瞬間はいつ訪れるかわかりません。今日かもしれないし、明日かもしれない。

何も起こらないかもしれないし、起こるかもしれない。この、ふわっとした不安を取り除くためには、

いつもそこにあるリスクを意識しているしかないのです。

 

リスクの存在を意識する、といってもピンと来ないかもしれませんが、一番簡単なのは、

嫌でも目に入ってくる、新聞やテレビ、ニュースサイトの情報を、自分に当てはめて受け取ることです。

 

実際にあった事件を例に挙げると、

昨年(2018年)6月、新幹線の車内で乗客が刃物で切りつけられるという事件がありました。

この事件のニュースを見て、自分に当てはめて考えた人が、どれだけいたでしょうか。

もしも自分が同じ列車に乗っていて、すぐそばに刃物を持った男が迫っていたら、一体何ができたか、

どうすべきだったのか。

ほとんどの人は、他人事のように思って、「自分は大丈夫」と高をくくっているのかもしれません。ですが、

その考え方は非常に危険です。

 

2010年代に入り、同様の事件は増え続ける一方、被害者の数は変わらないか、むしろ増加している印象を受けます。

これは、事件の報道後も、それらの情報を受け取っている人々の意識が変わっていないことを意味していると思われます。

要するに危機感が絶望的に足りないのです。だから、本当に「その日」がやってきたとき、何もできない、どうしたらいいかわからない、

ただやられるだけ、ということが起こるのです。

 

例に挙げた新幹線車内の無差別殺傷事件の場合、

・「座席を外して盾にした」

という対処法は非常に有用と言えるでしょうし、

・「ベルトを振り回すか、鞭のようにして抵抗する」

・「車内の消化器を使う」

・「トイレに逃げる」

といった考え方も、今後同様の事件が発生した際に役立つでしょう。

 

このように、実際にあった事件などから今後似たようなシチュエーションに遭遇した際の対応を学ぶことは、

非常に重要です。そしてそれがそのまま、より高度な危険予知、危険回避に繋がると私は考えます。

 

現代人にこそ求められる「護身」

私は最初に述べたとおり、護身(Self-Defense)の究極的な目標は、「何も起こらない」ことだと考えます。

つまり平穏無事に一日を過ごし、100%自分の人生に集中できるということです。

これは、ほとんどの人が掲げるひとつの理想ではないでしょうか?

 

しかしこの理想を守るために、私たちは努力しなければなりません。

自分と、自分の大切なひとを守るための努力です。

 

近年は世界的に見て情報化が加速し、端末の小型化、高集積化も進んでいます。

現代人は、たくさんの情報に囲まれて生きています。

有益な情報ばかりではありません。悪意のある、虚偽の情報を見抜く目と感性を養うことも必要です。

SNSの普及により不特定多数の人が、匿名あるいは実名でコミュニティを築き、つながる時代が来ました。

発信する情報や言葉によっては、予期せぬ敵意を生み、攻撃の対象になる可能性もあります。

端末の、画面の向こうにいる顔の見えない悪意とも、向き合わなくてはいけないということです。

 

・自分の人生を、自分らしく生きたい

・大切なひとを守りたい

・強くなりたい

 

目的は様々かもしれませんが、私はこのブログを読んで下さる方々に、たった一度きりの自分の人生を、

よりよく生きるヒントとしての「護身」を伝えられたらと考えています。

 

情報セキュリティなど、デジタル部門での護身は残念ながら、私の専門ではありません。

ですが、今日まで私が追求してきた「護身」の考え方が、苦境に立たされている誰かの救いになればと思っています。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。